Design story ~廃校利活用事業「いいかねPalette」~

2017年 (第19回) 福岡デザインアワード大賞受賞

廃校利活用事業「いいかねPalette」

 

株式会社BOOK
代表取締役   大井 忠賢 さん

 

「若い力で田川市に産業革命を!」廃校利活用で地域課題に挑む。


 
 「重要なのは、見た目のデザインというより事業の背景と動機です。田川市が持つ“負のイメージ”を払しょくし、なんとか田川市の産業をV字回復させたい。そこで、“若い力で田川市に産業革命を起こそう”と覚悟を決め、今、真剣に取り組んでいるところです」と語るのは、株式会社BOOKの代表取締役・大井忠賢さん。

 高校時代の同級生、樋口聖典さんと同社を立ち上げ、まずは2014年に廃校となった市内の小学校舎の利活用に着手しました。そして、2017年4月には、音楽制作スタジオやコワーキングスペース、ドミトリーという3つの機能を持った「いいかねPalette」を開業しました。

 「田川市はかつて炭鉱の町として栄え、1960年代前半までは人口が現在の2倍、10万人ほどいました。それが、炭鉱の閉山に伴い、急速に過疎化と住民の高齢化が進み、今では人口も5万人足らずまで落ち込んでいます。昨今では日本全体が少子高齢化に伴う地方部の過疎化問題に直面していますが、田川市は50年も前に、炭鉱閉山による人口減少をすでに経験しているのです。」

 「さらに不幸なことに、当時、炭坑夫の失業者を保護する救済措置として制定された『石炭六法』が、“働かなくても食べていける大人”をつくってしまいました。よかれと思われた自治体の施策が、かえって失業者の自立を妨げ、筑豊地区の完全失業率は全国的にもワーストとなっています。さらに完全失業率の高さは、世帯所得の低さと、子供たちの学習能力の低さに比例しています。」
 

 このような背景の中、田川の産業を復興させるために、大井さんたちがまず着目したのが音楽産業です。田川市は、井上水陽水さんやジャズピアニストの山下洋輔さんなど著名なミュージシャン・音楽関係者を多く輩出していることが、第一の理由。また、代表の樋口さんが、東京で音楽制作会社を運営していることが第二の理由です。そこで、「いいかねPalette」に、音楽産業の拠点となるレコーディングスタジオや、編集ができるミュージックラボを備えました。宿泊施設もあるため、身体ひとつで訪れても、すぐに音楽制作が可能です。
 

 写真はレコーディングができる音楽スタジオ

 

 また「地方から若者が出ていく原因は仕事がないから。特に職業の多様性がない」と考えから、“田舎で自己実現を可能にするプラットホーム”として、コワーキングスペースを作りました。これが図書室をリノベーションしたシェアライブラリーです。

 

 読書に勉強に仕事にと、登録すれば誰でも無料で利用できる。
 会社登記もできるシェアオフィスとしても活用が可能。

 

 「ここでの取り組みの本丸は『福岡スタートアップ・ライブラリー』です。自社だけでも雇用は生めますが、その数と多様性には限りがあります。そこで創業を支援サポートしてくれる企業の誘致を行ないました。現在では、コンテンツやテック系の企業を中心に30社ほどが参加してくれています。これを中心に、田川市を九州沖縄へと広がるコンテンツバレーにしていきたいと考えています」と、その構想は壮大です。

 

 では、なぜ廃校利活用なのでしょう?

「少子高齢化の今、日本は、全国で年間500校もの廃校が生まれるという“大廃校時代”を迎えています。九州ではすでに1000校も廃校となりましたが、そのうち利活用されているのはわずか50校足らず。残りの95%は手づかずのままというのが現実です。廃校というのは、ただそこに建っているだけで、年間300~400万円もの維持費がかかります。とはいえ、解体するにも数千万円、整地まで加えるとなると、億単位の経費がかかってしまいます。よって、廃校の利活用は自治体が行なうことが多いのですが、民間が入ってやらないと財政の健全化は望めないし、そもそもうまくいかない。それに学校というのは、もとより多機能な複合施設です。教室があり、図書室があり、体育館やプールといったスポーツ施設から給食室まである。ですから、そこにないものを足し、ある施設を改良するだけで、より魅力的な施設を創ることができるのです。」

 

 写真は校長室を改装して作ったというドミトリー

 

「施設のデザインは、樋口と同じ芸工大(九州芸術工科大学)出身の建築デザイナー・松井大佑くんにお願いしました。その理由は、技術やデザイン力というより彼の“人柄”に惹かれたからです。今回のプロジェクトは「田川を変えたい」という想いを共有する人同士でつながっている部分が多いため、関係者全員“縁故”のようなものです(笑)。」

 

 進めていくなかで、苦労した点はあったのでしょうか。

「苦労したこと…予算ですかね。改修費には補助金を充てましたが、それだけでは足りず、自分の貯金もつぎ込みました。それでも予算が足りない部分は自分たちで改修しました。もう一つ、ものすごく苦労したのは“法律の壁”です。いざ廃校の改修を進めるなかで初めて、建築基準法や消防法など“障害”とも呼べる、乗り越えねばならない高い壁の存在に気づいたのです。この時の経験を糧に、これから有志3人で『廃校サミット』というプロジェクトを立ち上げます。文科省や内閣府の関係者もお招きし、ここを廃校利活用のための政策提言の場にしていくつもりです。」

 

 いくつもの資料を見せながら、プロジェクトの背景を語る大井さん

 

 今後の夢を尋ねると「『いいかねPalette』が、ずっと先の未来にも残っていて欲しい」と大井さん。そのためにも、さまざまなイノベーションを“矢継ぎ早に”、しかも“大量に”行っています。

 「これは恩師の教えなのですが、“企業も変化に適応できるものしか生き残れない”。事業を進める上で一番大事なのは“見極めを早くする”こと。そのためにも、会いたい人がいたらどんどん会って、その方々の考え方を学んでいます」と、快進撃のモットーを語ってくれました。

 

 

株式会社 BOOK

田川市猪国2559 「いいかねPalette」

http://book.jp.net/
 

取材日:平成30年3月8日