Design story ~博多水引ボトルリボン~

2016年(第18回)福岡デザインアワード 大賞受賞

有限会社ながさわ結納店  
長澤 宏美 さん

 

込められた想いを大切に、『博多水引』の用途と可能性を広げていきたい


 

 「周囲からは“一瞬で有名になった”かのように言われますが、とんでもない!ここにたどり着くまでには、地獄のような苦しみと試行錯誤の積み重ねがありました」と語るのは長澤宏美さん。ながさわ結納店の二代目であり、『博多水引』のデザイナーとして今でこそ全国的な知名度を持つ存在ですが、オリジナル水引商品の第一号となる《博多水引ボトルリボン》を開発した頃は、店自体の経営も厳しく、従業員に給料を出せるかどうかも分からない状況商品はできたものの、ロゴやパッケージの製作といったブランディングに資金を捻出する余裕などなかったといいます。

 

 「《博多水引ボトルリボン》は、かつて友人宅でのホームパーティに招かれた際、手土産のワインに付けていた手作りの水引飾りが発想の原点でした。水引は、贈り物の包装や金封に付いている飾りです。そのうち贈り相手の友人・知人から“その水引飾りを売って欲しい”と言われる機会が増え、ついに商品化を決めました。しかし、売るとなればそれなりのクオリティのものを作らなければなりません。そこから販売できる商品を完成させるまで、3年近く試行錯誤を続けました。」
※水引は、結納では結納の品々を結んで人と人の縁を結ぶという意味がある。



ワインボトルを華やかに飾る《博多水引ボトルリボン》
 

 「水引は素材が紙であるため、本来は強度がなく、開封したあとは包装紙と一緒に捨てられてしまうことがほとんど。ですが、水引には多彩なかたち(結び方)があり、それら一つひとつが意味を持つ、贈り手の心の代弁者。だから私は、水引を開封したあとも美しい飾りものとしていつまでも大切にとっておきたくなる“ギフトの主役”にしたかったのです。」

 「そのためにデザイン性と強度には徹底的にこだわりました。たとえば、通常は平織りの『梅結び』も、紙縒り(こより)一本一本を丁寧に引っ張り上げることで密度を高め、美しさと強度を兼ね備えた立体的な梅に仕上げています。それが『博多水引』の特徴の一つです。これには高い技術力が要り、それ相応の修行が必要なのですよ。」


趣味で作っていたボトルリボンを売れるクオリティにするまでの試行錯誤の日々。その苦労を語る長澤さん。
 

 また、『博多水引』の魅力は、東京でデザインの仕事に携わっていた長澤さんならではのカラーコーディネーションにもあります。

 「美しいだけの水引なら、これまでにもたくさんありました。しかし、水引の伝統的な色にはバリエーションが少なく、また 、“日常使い”のシーンにおいては実に使いづらいものでした。そこで、洋風の雰囲気も演出でき、贈る相手やそのシーンに合わせて自由に色を選べるようカラーリングにもこだわりました。」

 こうした創作への努力は絶えることがありません。長澤さんは次のデザインやカラーリングのヒントを得るため、たびたび“まち”を歩きまわると言います。ハイブランドのショーウィンドウや人気飲食店の内装など、“まち”にあるさまざまなものが長澤さんのインスピレーションの源となるからです。


 


トレンドを先取りした色使いや、ラメ入りなど、様々な色や素材感の組み合わせで、いかようにも雰囲気を変える『博多水引』の箸置き。写真下は水引(紙縒り)の見本
 

 「もともと家業を継ぐ気はなかった」という長澤さんが、何故このような活躍の場に躍り出たのか。「結納の大切さや、伝統工芸品である水引の良さに気付いたのは、8年前、東京から福岡に戻った時のことでした。家業を手伝うようになり、多くの伝統工芸と同様、水引業界も衰退していく様を目の当たりにするにつれ、“水引本来の意義を知り、毎日の暮らしの中で使って欲しい”という強い気持ちが芽生えたのです。」けれども、『博多水引』が今日のように評価されるきっかけとなったのは、長澤さんの想いに「早くから賛同してくれた企業との出会いがあったから」と続けます。


 

 「ある結納品の催事で『博多水引』の商品を見た『日本橋木屋』の社長さんが、自社店舗で取り扱ってくださったことは大きかったですね。それを機に、ずっとやりたかったブランディングに踏み切りました。借金はしましたが、それだけの価値はあったと思います。そのおかげで『博多水引』の知名度とステイタスを上げることができたのですから。“もっとよい物を作らなければ”という水引職人の士気の向上にもつながりました。」

 「それでも“水引飾りだけで商売ができるのか”という声もある中、いち早く《博多水引ボトルリボン》を販売してくださったのが『博多住吉酒販』さんです。水引とともに日本文化を発信するという私たちの想いを理解してくださったおかげで、今では年々売り上げも伸びて、かなりの数量を納品させていただいています。」

 伝統工芸の質を落とすような仕事は決して受けない。反対に水引の意義を理解し、尊重してくれる企業とは積極的にコラボレーションして、水引の用途とその可能性を広げていきたい。長澤さんの事業判断は明確です。


 昨年には『博多水引』が『TAKEO KIKUCHI』の《ブートニエール(紳士用スーツの襟元のボタンホールにアクセントとして付ける飾り花のこと)》に採用され、日本の美を添えるファッションアイテムとして、世界中に紹介されました。
 

 「『博多水引を一過性の流行に終わらせず、地元・博多の人々が誇りを持って使ってもらえるような伝統工芸に育てていきたい。<博多織><博多人形>と並ぶ、博多の伝統工芸品として定着させるのが夢です。」


有限会社 ながさわ結納店

福岡市博多区上呉服町13-231

http://www.hakatamizuhiki.co.jp/
 

取材日:平成30年2月5日